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福島地方裁判所平支部 昭和28年(ワ)239号 判決

主文

一、本訴被告高萩ナミ同高萩宜久は、別紙第一目録記載の土地内に立ち入り、または、右土地の立木を伐採し、もしくは、伐採木(目通り平均約八寸長さ約一〇間の杉伐採木約二、五二四本)を搬出するなどの行為をしてはならない。

二、参加被告高萩ナミ同高萩宜久は、連帯して、参加原告に対し、金三、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年三月七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

三、参加原告のその余の請求は、これを棄却する。

四、訴訟費用中、本訴原告と本訴被告両名間に生じた分は、全部本訴被告両名の連帯負担、参加原告と参加被告三名間に生じた分は、これを二分し、その一を参加原告の負担、その一を参加被告高萩ナミ同高萩宜久の連帯負担とする。

事実

第一、本訴原告の請求の趣旨

主文第一項同旨及び訴訟費用は本訴被告両名の負担とするとの判決並びに主文第一項に対する立保証を条件とする仮執行の宣言を求めた。

第二、本訴被告両名の第一に対する答弁

本訴原告の請求を棄却する、訴訟費用は本訴原告の負担とするとの判決を求めた。

第三、参加原告の請求の趣旨

(イ)  本位的請求の趣旨

(一)  参加被告三名は、原告に対し、別紙第二目録記載の杉丸太が参加原告の所有であることを確認する。

(二)  参加被告三名は、連帯して、参加原告に対し、金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件参加訴状送達の日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

(ロ)  予備的請求の趣旨

(三) 参加被告三名は、連帯して、参加原告に対し、金五、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件参加訴状送達の日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

(ハ)  訴訟費用は、参加被告三名の負担とする。

との判決並に右(二)もしくは(三)に対する立保証を条件とする仮執行の宣言を求めた。

第四、参加被告三名の第三に対する答弁

参加原告の請求を棄却する、訴訟費用は参加原告の負担とするとの判決を求めた。

第五、本訴原告の主張した請求原因

(一)  本訴原告は、別紙第一目録記載の物件(以下本件立木という。)の所有者であり、本訴被告高萩ナミは、昭和一五年頃から本訴原告といわゆる妾関係にあり、本訴被告高萩宜久は、両者の間に生まれた未成年の子であるところ、本訴原告は、昭和二八年一〇月一九日本訴被告両名に対し、本訴原告所有の別紙第一目録記載の山林(一筆は公簿上畑であるが現況は山林。以下本件山林という。)に生育する立木三、〇〇〇本を贈与する旨の書面による贈与契約(ただし右書面の作成日附は同月一二日附となつている。)を締結したが、右贈与契約(以下本件贈与契約という。)は、次の理由により無効である。

(1)  本件贈与契約は、要素の錯誤により無効である。

本訴被告両名(ただし、本訴被告高萩宜久については親権者高萩ナミがこれを代理し、更にナミの実兄高萩啓允こと高萩正実が本訴被告両名を代理した。)と本訴原告とが、本件贈与契約を結ぶに際して、本訴被告両名から、同人等の本訴原告に対する将来の相続権並に財産分配請求権を即時放棄することを条件とし、かつ、その旨の昭和二八年一〇月一二日附誓書(甲第四号証)を差し出したうえ、本件立木を贈与してもらいたいと申し出たので、本訴原告は、立木を贈る当時、右誓書の取りかわしと同時にそれだけで相続権放棄の効力が即時に生ずるものと誤信し、この誤信を前提として本件贈与契約を締結したのであり、しかも、右無効な相続権放棄は、本来本訴被告宜久だけに関することではあるが、本件贈与契約は、本訴被告ナミと宜久とに対し一括不可分的になされたものであるから、相続権放棄の即時発効をその要素要部としてなされた本件贈与契約全体が、要素の錯誤あるものとして無効である。

(2)  仮に右(1)の理由がないとしても、本件贈与契約は、次のような強迫による意思表示であり、本訴原告は、昭和二九年二月一九日の準備手続期日においてこれを取消したから、既に効力がない。すなわち、

昭和二八年一〇月一二日頃本訴被告ナミは、同人方において本訴原告に対し、「本訴原告には別の女ができたから信用できない、将来の安心感を与えてくれ」といい、本訴被告両名代理人高萩正実がこれに口を添えて、「本件山林の杉立木の下木を若干譲つてくれれば、金の融通もきくからその細木でもくれ」というので、本訴原告は、「このような問題に第三者の容喙はいらぬ」と述べると、正実が、「本訴原告が村長に当選したときの選挙違反を曝露して、地位も名誉も失墜させてやる」と脅迫したので、「伜とも相談しなければわからぬし、本訴原告の方でも考があるからいずれ何分の通知をするから」とその場を糊塗して別れ、同月一四、五日頃、本訴被告両名に対し、「立木の譲渡は承諾できないが、本訴被告両名の生活の最低限度は保証する。しかし、ナミの商売上の失敗による損失までは責任を持てない、なお、宜久の学資の二分の一を負担する」との書面を送つたが、越えて同月一八日早朝正実が本訴原告方に乗りこんで来て、かねての要求事項の実行を促したので、本訴原告が同夜ナミ方に赴いところ、ナミが本訴原告に対し三百万円の出金を求め、本訴原告が、その額が多額に過ぎ、かつ、現金がないからと拒絶して押問答中、正実がその場に現われて、同人の手で既に作成してあつた前記昭和二八年一〇月一二日附誓書(甲第四号証)及び同日附杉立木無償譲渡証書(甲第六号証はその写)を示して、これらに本訴原告の調印を迫り、「これに調印しなければ今夜こそ考がある」と語気荒く詰めより、暴力をもつていまにも危害を加えそうな態度を示したので、本訴原告は、同人の言動とその堂々たる体躯に圧され、承諾しなければどのような危害を加えられるかも知れないと畏怖してやむなく、「承諾するが今印鑑をもつていないから、明日村役場で調印する」と答え、同夜は署名だけをなし、翌一〇月一九日午前九時半頃上遠野村役場においてこれに調印し誓書を受取つたのであつて、本件贈与契約は正実の強迫による意思表示である。

(3)  右(1)(2)の各主張がいずれも理由がないとしても、本件贈与契約は、公序良俗に違反する事項を目的とする法律行為であるから無効である。

本件贈与契約中本訴被告高萩宜久に対する部分は、同人の扶養を目的とするものであるから、それ自体公序良俗に反するわけではないが、本訴被告高萩ナミに対する部分は、同人と本訴原告間の妾関係の継続維持を前提とする法律行為であるから、明らかに公序良俗に違反し、しかも本件贈与契約は、本訴被告両名に対して一括不可分的になされたものであるから、契約全体が不法性を帯び、契約全部が無効である。殊に前記(2)で主張したとおり、右の不倫関係の維持継続を前提とする契約の締結を、正実が強迫したことによりその不法性を一層強めたことになるからである。

(二)  仮に本件贈与契約が有効であるとしても、その贈与の目的物は細木(下木)であつて、本訴被告等が現に伐採したような主木ではなかつたばかりでなく、その細木にしてもどれであるか具体的に特定せず、従つて、本件立木は本訴被告両名の所有と確定していない、けだし、本件山林には、約九、〇〇〇本の杉立木が生育していたのであり、そのうちのいずれの三千本を贈与するかは、本訴原告にその選択権があるにも拘らず、本訴被告両名は、本訴原告の選択並に許可を待たずに勝手に伐採し、また伐採しようとしている。のみならず、当初高萩正実は、自ら本件山林中の細木の贈与を求め、また、本訴原告も、本件贈与契約書に調印した昭和二八年一〇月一九日上遠野村役場において正実に対して贈与する立木三千本は細木(下木)の間伐であることを特に念を押し、その間伐する細木約二、〇〇〇、〇〇〇円分は、本訴原告が調査のうえ、自ら伐採する趣旨で本件贈与契約書に調印した次第である。

(三)  以上(一)(二)の理由により本件立木の所有権は依然として本訴原告に帰属しているから、本訴原告は、本訴被告両名に対し、本件山林及び本件立木の所有権に基いて、本訴被告両名が、不法に本件山林に立ち入つたり、本件立木を伐採したり、本件立木のうち既に伐採した伐倒木(目通り直径平均八寸長さ約一〇間の杉)約二、五二四本を搬出する等の行為の禁止を求める。

第六、本訴被告両名の第五に対する答弁

(一)  本訴原告主張の請求原因事実のうち、本件立木が本訴原告の所有であつたこと、本訴原告と本訴被告高萩ナミとが妾関係にあつたこと、本訴被告高萩宜久がその間に生まれた子であること、昭和二八年一〇月頃本訴被告ナミが、本訴原告に対して、本訴原告に別の女ができたので、子供の将来の生活を保障してもらうため相当の財産の分与を求めたところ、本訴原告は、本訴被告両名が、将来慰藉料や相続財産についての分配その他の請求をしないことを誓うならば、本件立木を贈与しようと、これを承諾し、同年一〇月一九日(贈与契約書の作成日附は同月一二日)その旨を記載した書面を相互に交換したことは、いずれもこれを認めるが、その他の事実はこれを争う。

(二)  本件立木は、前記のように、昭和二八年一〇月一九日本訴被告両名と本訴原告間の贈与契約締結と同時に履行され、本訴被告両名の所有に帰したものである。

第七、参加原告の主張した請求原因

(イ)  本位的請求原因

(一)  参加原告会社は、電柱枕木の製造販売を業とし、専ら国鉄、電々公社、電力会社等を取引先とする特異な木材業者であり、参加被告高萩ナミは昭和一五年頃から参加被告荒川久馬と妾関係にあり、参加被告高萩宜久はその間に生まれた子であるが、昭和二八年一〇月一二日参加被告荒川は、参加被告ナミ宜久の両名に対し、別紙第二目録記載の杉丸太(以下本件杉丸太という。)を含む立木三、〇〇〇本を贈与した。

(二)  昭和二八年一二月中、参加原告会社は、本件杉丸太等の所有者であつた参加被告ナミ、宜久両名の代理人高萩啓允こと高萩正実から、その伐採現場に案内を受けてこれを現実に確認し、かつ、前々所有者である参加被告荒川久馬の贈与証書及び印鑑証明を添えた書類等によつて間違なくナミ、宜久両名の所有に属すると信じて同年一二月二四日次のような条件で本件杉丸太を買受けた。すなわち、

(1) 杉伐倒丸太二、三〇〇本ただしこれを超過した本数についてもこれと同一の条件で買受ける。

(2) 価格は別表より石当り四五〇円引とする。

(3) 契約手附金として金三、〇〇〇、〇〇〇円を支払う。

(4) 参加原告会社の買受丸太をもつて売渡人高萩ナミ、高萩宜久において参加原告会社の指示による電柱を製造する。

(5) 電柱として引渡すべき期限は昭和二九年二月末日。

(6) 代金は電柱引渡の時決済する。

なお、右契約は、本件杉丸太の売買契約と右売買によつて参加原告会社の所有となつた本件杉丸太を電柱素材として引渡す旨の請負契約との混合しているものである。

(三)  右の契約により、参加原告会社は、昭和二八年一二月二四日午前中にナミ宜久両名の代理人高萩正実から本件杉丸太を占有改定によりその引渡を受けて所有権を取得し、翌二五日金三、〇〇〇、〇〇〇円を高萩正実に支払つた。

仮に何等かの理由で、本件杉丸太(もしくは立木)に対してナミ宜久の両名が当時所有権を有していなかつたとしても、前記占有改定による本件杉丸太の引渡は、その以前に双方立会のうえ本件杉丸太二、五二四本の存在を確認しており、かつ、平穏公然善意無過失のうちになされたものであるから、参加原告会社は、民法第一九二条により昭和二八年一二月二四日その所有権を取得した。もつとも、本件杉丸太の数量は、その後の調査の結果、正確には二、四七三本であつたことが判明した。

(四)  しかるに、参加被告荒川久馬は、福島地方裁判所平支部昭和二八年(ヨ)第八三号仮処分申請事件による同裁判所の伐採木搬出禁止等の仮処分決定を執行したため、参加原告会社は、その所有の本件杉丸太を搬出することができなくなつた。

(五)  このため、参加原告会社は、本件杉丸太を予定どおり電柱に製造して販売できたならば、少くとも金一、五〇〇、〇〇〇円の利益を得ることができたのに拘らず、これを失つたほか、本件杉丸太を引き当てに受注していた電柱を受注先に納入するため他からこれを買入れたり運搬したりしたことにより金五〇〇、〇〇〇円相当の損害を蒙つたが、この損害の一半は、代理人高萩正実がその措置宜しきを得なかつた責により前記契約通り履行できなかつた参加被告ナミ宜久両名の責に帰すべきものであり、他の一半は、本件杉立木をナミ宜久の両名が他に転売することを予想して彼等に贈与したことを確認する書面まで発行しておき、その結果買主である参加原告会社に右のような損害を蒙らせることを予見できたにも拘らず、敢て前記の仮処分を執行した参加被告荒川がその責を負うべきものである。

(六)  しかして、本件杉丸太の所有権の帰属が本訴原被告間で争われているので、参加原告会社は、参加被告等に対し、本件杉丸太の所有権が参加原告会社に存することの確認を求めるとともに、参加被告ナミ宜久両名の前記債務不履行、同荒川の前記不法行為による損害賠償として、前記代替納入により直接蒙つた損害金五〇〇、〇〇〇円と得べかりし利益の喪失による損害金一、五〇〇、〇〇〇円との計二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件参加訴状送達の日の翌日である昭和三二年三月七日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を参加被告三名が連帯して参加原告会社に支払うことを求める。

(ロ)  予備的請求原因

仮に本件杉丸太の所有権が参加原告会社に帰属していないとすれば、参加原告会社は、参加被告ナミ宜久の両名に対し、前記契約の履行不能による損害賠償として、契約手附金三、〇〇〇、〇〇〇円、前記得べかりし利益金一、五〇〇、〇〇〇円、代替納入による直接損害金五〇〇、〇〇〇円及びこれら債務不履行に基因して参加原告会社が支出を余儀なくされた費用金五〇〇、〇〇〇円の合計金五、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する前記訴状送達の日の翌日から支払済まで民法所定の遅延損害金の連帯支払を求める。

また、参加被告荒川は、前記(イ)(五)後段と同一の理由で、その不法行為により、参加原告会社に対し、右参加被告ナミ宜久両名と同額の損害を与えたことになるから、これと連帯して右同額を支払う義務がある。

第八、参加被告荒川の第七に対する答弁

(一)  参加原告会社主張事実のうち、参加被告ナミが昭和一五年頃から参加被告荒川の妾であつたこと、参加被告宜久がその間に生まれた子であること、本件立木(杉丸太)に関し参加被告荒川が参加被告ナミ宜久の両名に対し贈与を約したこと、参加被告荒川が本件山林本件立木等に対し参加原告会社主張の仮処分を執行したことは認めるが、その他の事実はすべて争う。

(二)  本件贈与契約は、昭和二八年一〇月一九日に成立したものであるが、これが無効であり、取り消されたものであることは既に第六において主張したとおりである。

(三)  仮に参加被告荒川において参加原告会社に対する不法行為の責任ありとするも、参加被告荒川が前記仮処分の執行をした昭和二八年一二月二四日から参加原告会社が参加訴訟を提起した昭和三二年三月六日までには、既に三年二月余を経過しており、参加原告の損害賠償請求権は時効により消滅している。

第九、参加被告高萩ナミ同高萩宜久の第七に対する答弁

参加原告会社主張事実のうち、第七の(一)、(二)及び(四)の各事実並に本件杉丸太が参加原告会社主張の日に参加原告会社の所有に帰し金三、〇〇〇、〇〇〇円を参加被告等が受領したこと、参加被告ナミ宜久が本件契約を履行できなくなつたのは、参加被告荒川が本件贈与契約に関する書類を参加被告ナミ等に交付したばかりか既に履行の完了した本件杉丸太の買主に損害を与えるであろうことを予見していたにも拘らずあえて仮処分を執行した不法行為に基因するものであることは、認めるが、その他の事実特に参加原告の損害額はこれを争う。

第一〇、立証(省略)

理由

第一、全当事者間に争のない事実(参加原告の明らかに争わない事実を含む)

本件立木は、元来本訴原告の所有であつたところ、本訴原告の妾であつた本訴被告ナミが、その間に生まれた未成年の子本訴被告宜久の将来の生活の保障の意味も含めて財産の分与を本訴原告に対し要求し、これに対し、本訴原告は、本訴被告等が将来本訴原告の相続財産について分配その他の請求をしないことを誓約するならば本件立木を本訴被告等に贈与することを承諾し、昭和二八年一〇月一九日、相互に誓書(甲第四号証)と杉立木無償譲渡証書(乙第一号証の一)とを取りかわし、本件贈与契約が成立した。

第二、本件贈与契約の効力

(一)  まず、本件贈与契約の要素についてその締結時本訴原告に錯誤があつたかどうかについて考察する。成立に争のない乙第一号証の一(甲第六号証はその写)には、本訴原告から本訴被告両名宛に譲渡人本訴原告から譲受人本訴被告ナミに対し本件杉立木三、〇〇〇本を異議なく無償譲渡する旨記載されているだけであり、これと本訴原告本人訊問の結果及び本訴被告ナミ訊問の結果並に証人高萩正実の証言とを総合すると、本訴原告の主張するように、本訴被告宜久の相続権放棄の即時発効が、本件贈与契約の要素をなしていたものと認めることができない。もつとも、前掲本件杉立木無償譲渡証書(乙第一号証の一)と成立に争のない甲第四号証(乙第二号証の一)とが同時に交換されたことは、当事者間に争なく、右甲第四号証には、本訴被告両名において本訴原告に対する資産の配当、分配または要求の権利を放棄することを誓約する旨が記載されており、これと本訴原告本人訊問の結果とを総合すれば、本訴原告は、本訴被告両名が右のような誓書(甲第四号証)を差し出すことが動機となつて本件贈与契約をなすに至つたことを認めることができ、右本訴原告本人訊問の結果に反する本訴被告本人ナミの訊問の結果部分及び証人高萩正実の証言部分はいずれも採用できない。しかして、本訴原告が、本訴被告宜久の事前の相続権放棄が家庭裁判所の許可をまたず直ちに有効であると信じていたことは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができるので、本件の場合のように、杉立木無償譲渡証書と誓書とが同時に交換されているときは、本件贈与契約の動機が表示されていたものと認めるのが相当であり、従つて、前示本訴原告の動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤とみなすべきではないかという疑が生ずる。しかしながら、本訴原告本人訊問の結果によれば、本訴原告は、本件贈与契約締結当時頃本訴被告両名なかんずく、宜久の将来のために相当な財産的出捐をしてやらなければならないと考え適当な時期に適当な方法でこれをするつもりでいたことを認めることができ、他方、本訴被告宜久の相続の事前放棄も家庭裁判所の許否如何にかかり、しかも多少の時日を要するとはいうものの、全くの不可能事ではないことを考えると、本訴原告の本件贈与契約締結時におけるこの種動機の錯誤は、たとえそれが表示されていても、いまだ法律行為の要素の錯誤にはあたらないと認めるのが相当であり、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、本訴原告のこの点に関する主張は、その他の点について判断するまでもなく失当である。

(二)  次に本件贈与契約が強迫による意思表示であつたかどうかについて考える。なるほど、本訴原告本人訊問の結果中には、本訴原告の主張(一)の(2)の趣旨に符合する部分があるけれども、元来、本訴原告が本訴被告両名に対し相当の財産を分配する意思のあつたことは、前認定のとおりであり、この事実と証人高萩順平、同高萩正実の各証言、本訴被告本人高萩ナミ訊問の結果に徴すると、右の本訴原告本人訊問結果の部分は、容易に措信することができず、その他の本訴原告の援用する各証拠によつても、右本訴原告本人訊問の結果部分を採用するよすがとなし得ない。従つて、本訴原告が昭和二九年二月一九日の本件準備手続期日において、本訴被告両名に対し、本件贈与契約を取消す旨の意思表示をしたことは明らかであるけれども、右取消はその前提要件を欠き、本件贈与契約の効力には何等の消長を来たさないものである。

(三)  更に本件贈与契約が公序良俗に反する事項を目的とするものであるかどうかについて考察する。本訴被告ナミが本訴原告のいわゆる妾であり、その間に一子宜久をもうけたことは、当事者間に争がない。本訴原告は、本件贈与契約が、ナミとの妾関係の継続維持を目的としてなされたと主張するけれども、前掲甲第四号証と証人高萩正実の証言、本訴原告本人及び本訴被告本人ナミの各訊問の結果とを総合すると、本訴原告と本訴被告ナミとの間の将来の関係は、互に自由であることを明言しているばかりでなく、本件贈与契約の目的が、一つには宜久の生活の保障、一つには宜久の母としてのナミの生活の安定を目的としたものであつて、ナミとの妾関係の継続維持――結果的にはそうなる場合もあるかも知れないが――を目的としたものではないことを認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。よつて、本訴原告のこの点に関する主張は、その余の点について判断するまでもなく排斥さるべきである。

(四)  以上認定のように、本件贈与契約の効力を争う本訴原告の主張は、いずれも理由がないから、右契約は、有効に存続するものといわざるを得ない。

第三、本件立木及び本件杉丸太の所有権の所在

(一)  本訴原告は、仮に本件贈与契約が有効であるとしても、本件贈与契約の目的物は、間伐の対象となる細木(下木)であつて、本訴被告等が伐採しまたは伐採しようとしたような主木ではなかつたと主張する。しかしながら、前掲乙第一号証の一によれば、このような限定は何等記載されておらず、単に杉立木三、〇〇〇本と記載されているにすぎず、また、鑑定人今村達視の鑑定の結果に徴するも、当時、本件山林は、山林所有者として定期的計画的に行うべき間伐を必要としなかつた状況にあつたことを認めることができ、これらの事実に鑑みると、贈与の対象を特に細木と限定した旨の本訴原告本人訊問の結果その他本訴原告の援用する同趣旨の各証拠は、いずれも採用することができず、結局、本件贈与契約の対象は、単に本件山林に生育する杉立木三、〇〇〇本とだけ限定されていたにすぎないと認めざるを得ない。

(二)  けれども、本件山林には、当時約六、五一九本の杉立木が生育しており、そのうち、胸高直径一八センチメートル以下のもの約三、〇三四本、同二〇センチメートル以上三四センチメートル以下のもの約三、一一五本、同三六センチメートル以上五六センチメートル以下のもの約三七〇本であつたことは、鑑定人今村達視の鑑定の結果(鑑定書添付各調査野帳)によるも明らかであるから、これら杉立木のうちのいずれの三、〇〇〇本に特定するかは、約定その他特別の事情の存しない限り、選択指定権者の選択指定をまつて、はじめて特定するに至るものと考えるべきである。ところが、本件贈与契約に関し、本訴被告両名は、その契約締結と同時に履行され、即時に本件立木の所有権を取得したと主張するけれども、このような主張事実を認めるに足りる証拠はなく、唯僅かに、証人高萩正実の証言及び本訴被告本人高萩ナミ訊問の結果中に、右の選択指定権を本訴原告から契約締結当時本訴被告ナミもしくは高萩正実に与えられたかのような趣旨の部分が存するけれども、採用することはできない。もつとも、成立に争のない甲第一一号証の二、甲第一九号証の一、二、甲第二七号証、証人荒川久(第一回)、同富谷政雄の各証言、本訴原告本人訊問の結果を総合すると、昭和二八年一二月一日頃本訴原告は、既に高萩正実等が本件立木を伐採しはじめたと聞いて、同人に対し、既に伐採済のものは仕方ないが、これ以上伐採してはならぬ旨を告げ、この際伐採済の本数を確めたところ、同人が既に二、四七〇本を伐採したと告げたけれども、実際は、伐採したものは数十本ないし百本内外の域を出でず、二、四七〇本も伐採したというのは虚構であり、同年一二月七日頃から本格的な伐採が行われ、同月二四日仮処分執行当時までに約二、五〇〇本伐採された事実を認めることができる。他方、鑑定人今村達視の鑑定の結果、証人荒川久(第一回)の証言本訴原告本人訊問の結果と弁論の全趣旨とを総合すると、本件贈与契約締結当時、右選択指定権や伐採方法時期等について特に約定した形跡を認めることができず、このような場合には、選択指定権は債務者(本訴原告)に存し、その選択権の行使方法として、債務者が立木の皮をはいで特定するか、伐採に立ち合う等の方法によつてなされる慣習の存する事実並びに本件においては、これらの慣習を排除する旨の特約もなされず、かつ、右のような方法で本訴原告が、本件贈与の対象物を特定しなかつたことを認めることができる。

(三)  しかして、以上認定の諸事実を総合すると、本件贈与契約の対象である本件山林中の杉立木三、〇〇〇本については、選択指定権者である本訴原告によつて、いまだその選択権が行使されず、その一部についての追認的指定も、要素の錯誤に基く無効のものであり、従つて、いまだ特定しないうちに、高萩正実等によつて昭和二八年一二月一日頃から同月二四日までの間に伐採されたものであることを認めることができ、このような伐採は、本件贈与契約がまだ履行されるべき段階に達しないうちに、すなわち、本件立木の所有権がまだ本訴被告等に移転しないうちに、なされた他人の所有物の伐採であつて、不適法のものと認めざるを得ない。

(四)  参加原告は、昭和二八年一二月二四日午前中に本訴被告両名の代理人高萩正実から本件杉丸太を占有改定によりその引渡をうけて所有権を取得したと主張するけれども、前認定のとおり、本件立木及び杉丸太の所有権はいまだ本訴被告等に移転していないから、参加原告が、その所有権を承継取得する理由がない。

(五)  参加原告は、昭和二八年一二月二四日午前中に、参加被告ナミ宜久の両名の占有代理人高萩正実から占有改定により平穏公然善意無過失に本件杉丸太の占有を取得したから、民法第一九二条により所有権を取得したと主張する。ところが、前掲甲第一九号証の一、二、証人富谷政雄の証言によれば、本件立木及び本件杉丸太に対して本訴原告の委任した執行吏により昭和二八年一二月二四日午前九時五〇分から同日午後三時までの間に高萩ナミ高萩正実両名の占有を解いて、執行吏の占有に移され、執行吏は、これを荒川久に看守を命じたことを認めることができる。他方、証人高萩正実、同井堀勝好同田村泰晟の各証言により真正に成立したものと認める丙第一号証(参加原告と参加被告ナミ同宜久間においては、成立について争がない。)と成立に争のない甲第二五号証とによれば、参加原告と参加被告ナミ同宜久間もしくはその代理人高萩正実間の本件杉丸太売買契約及び電柱出材請負契約は、契約成立と同時に契約手附金三、〇〇〇、〇〇〇円を参加原告から相手方に交付することになつており、高萩正実は、昭和二八年一二月二五日午前一一時頃参加原告会社から郡山市所在富士銀行支店に送金がなされたことを確認したうえ、丙第一号証に調印してここに契約が成立した事実を認めることができ、右認定に反する参加原告援用の各証拠は、採用できない。もちろん、売買契約成立前に占有改定により物権の移転をなし得ないわけではないが、このような事例は異例に属し、売買契約成立と同時に占有も移転するのを通常とするところ、参加原告の援用する各証拠をもつてしても、このように契約成立前に物権の移転のみがなされたと認めることができない。そうすると、参加原告と参加被告ナミ等との間に、本件杉丸太に対する占有改定がなされたと仮定しても、その時期は、二五日午前一一時頃以後のことに属するわけであるが、本件杉丸太はその以前である二四日午後三時には、本訴原告の委任した執行吏の占有下にあつたものであるから、参加原告が民法第一九二条により本件杉丸太の所有権を取得するいわれがない。

(六)  よつて、本件立木及び本件杉丸太の所有権は、依然本訴原告に帰属するものであるから、本訴被告両名に対し、本件山林及び本件杉丸太の所有権に基いて、本件山林に立ち入り、または、右山林内の本件立木を伐採し、もしくは伐採木(目通り平均約八寸長さ約一〇間の杉伐採木約二、五二四本)の搬出等の行為の禁止を求める本訴原告の請求は、理由があるので、これを全部認容すべきである。(ちなみに、本件杉丸太が換価されたときの本数は、成立に争のない甲第三一号証によれば、二、四七三本であつて、前掲鑑定時の本数と同一であることが明らかであるが、本訴原告の請求の本旨とするところは、本件山林内より伐採された伐採木全部の搬出禁止を求めるにあること明らかであるから、その本数に多少の減少があつたとしても、この点をとらえてその請求の一部を棄却すべきものではないと考える。)

第四、参加原告の参加被告荒川久馬に対するその余の主張に対する判断

(一)  参加被告荒川久馬に対する関係で、本件杉丸太の所有権が参加原告に帰属するとの主張の理由のないことは、前認定のとおりであり、参加原告の所有権確認を求める部分は、失当であつて棄却さるべきである。

(二)  したがつて、参加被告荒川が本件立木及び杉丸太等に対して仮処分を執行したことは、右当事者間において争がないけれども、右参加被告荒川の仮処分執行は、当然の権利の行使であり、参加被告荒川において他の参加被告等に対し、乙第一号証の一等の書面を交付し、かつ、参加原告が右仮処分の執行により損害を蒙るべきことを予見していたからといつて、それだけで、参加被告荒川の右所為が、違法性を帯びるものとも認め難い。

(三)  よつて、参加原告の参加被告荒川に対するその余の本訴請求(予備的請求を含む)は、すべて右仮処分執行の違法を前提とするものであるから、その余の争点について判断するまでもなく、すべて失当であり、棄却を免れない。

第五、参加原告の参加被告高萩ナミ同高萩宜久に対する主張についての判断

(一)  本件杉丸太の所有権が昭和二八年一二月二四日参加被告ナミ同宜久の両名から参加原告に移転したことは右当事者間に争がないから、参加被告ナミ同宜久両名に対し、これが所有権の確認を求める点は、その利益なく、失当として棄却すべきものである。

(二)  参加原告と参加被告ナミ同宜久及び両名の代理人高萩正実との間に、参加原告主張のとおりの本件杉丸太売買契約及び電柱出材請負契約が成立したことは、右当事者間においては、争がない。ところが、右参加原告の所有に属する本件杉丸太及びこれらを電柱出材として参加原告に引渡すべき契約が、参加被告荒川久馬の搬出禁止等仮処分の適法な執行により、債務不履行におちいつたことは、既に認定したとおりであつて、右仮処分を招来した原因は、参加被告ナミ同宜久及び両名の代理人高萩正実において、不注意にも、前認定のとおりまだ参加被告ナミ等の所有に属していない本件立木を伐採したことによることも多言を要しない。そうすると、本件杉丸太売買並に電柱出材請負契約の債務不履行は、参加被告ナミ同宜久両名の責に帰すべきものであつて、これによつて参加原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

(三)  参加原告は、右債務不履行により、電柱を代替納入せざるを得なかつたため直接蒙つた損害金五〇〇、〇〇〇円と得べかりし利益の喪失により損害金一、五〇〇、〇〇〇円との計金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件参加訴状送達の日の翌日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、参加原告の援用する全証拠をもつてしても右代替納入による損害並に得べかりし利益の額の明確な算定は不能であり、これを認める由がない。

(四)  参加原告は、予備的請求原因として、本件杉丸太に対する参加原告の所有権が認められない場合に、前記参加被告両名の債務不履行を理由に、前記(三)の損害のほか契約手附金三、〇〇〇、〇〇〇円と債務不履行に基因して参加原告が支出を余儀なくされた費用金五〇〇、〇〇〇円の合計五、五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する前記(三)同様の遅延損害金の支払を求めている。本件杉丸太の所有権が参加原告に帰属していることは、前記のとおり参加被告ナミ宜久間において争がないけれども、参加原告の右予備的請求の本旨は、債務不履行に基く損害賠償請求にあつて、所有権が認められた場合にはこれを請求しないという趣旨ではないこと明らかであるから、進んで、この点について考えるに、前認定のように、参加原告が得べかりし利益金一、五〇〇、〇〇〇円、代替納入により受けた損害金五〇〇、〇〇〇円についての明確な証拠はなく、また、右債務不履行に基因して参加原告が支出を余儀なくされた費用金五〇〇、〇〇〇円についても、参加原告の援用する証拠をもつてしては、その証明があつたものとすることができない。しかして、参加被告ナミ同宜久の両名が参加原告から金三、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは争がなく、その性質が手附金であれ、内金であれ、とにかく、参加原告が参加被告ナミ等の債務不履行により、右同額の損害を蒙つたことは証明十分というべきである。よつて、参加被告ナミ同宜久の両名は、参加原告に対し、連帯して、金三、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する参加訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三二年三月七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、参加原告の予備的請求を認容すべく、その余の参加被告ナミ同宜久両名に対する請求は、すべて失当として棄却すべきものである。

第六、仮執行宣言及び訴訟費用

本訴原告及び参加原告は立保証を条件とする仮執行の宣言を求めているけれども、いずれも、これをなす必要を認められず、また、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条第九二条第九三条を適用した。

別紙

第一目録

福島県石城郡遠野町大字入遠野字後台百弐拾七番の壱

一、山林  参反八畝拾八歩

同所百弐拾七番の弐

一、畑(現況山林)六畝弐拾七歩

以上山林内の立木参千本

第二目録

第一目録記載の土地に伐倒してある杉丸太弐千四百七拾参本(石数五千七百拾四石)

右の価格参百四拾参万六千弐百八拾五円参拾壱銭也

電柱価格表

〈省略〉

備考 一、◎印は必ず五寸以上の余尺を付けること余尺なきものは次の長さに落す。

一、元上造材は差支なし。

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